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松山への道・原爆資料館

 郷里・松山での4月8日の喜寿の会そして

 元勤務先のOB会が13日に開かれた

 松山への往復が2回

 8日は淡路・徳島経由で往復した

 その道のりは桜 サクラ さくら満開で日本の春を満喫した

 13日は淡路経由では能がないとばかり高速バスで山陽道を広島に下り

 原爆ドーム・原爆資料館を見学ののち高速艇で瀬戸内海を横断した

 瀬戸の島々も桜満開であった





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 金髪の白人女性

 何を偲んでいるのか

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 満開の桜とドーム

 その傍で多くの白人系の人達が原爆資料を読みふけっていた

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 資料を読む彼らの後ろの川

 ピカッ ドーン やけどに喉の渇きに川に飛び込む人々

 その川の流れは静かな青緑色をしていた


 オバマさんが記念式典に参列したところも見学した

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 子供達が折った千羽鶴が展示されていた
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 昨年NHKで放送されていた 

 原爆直後の写真 松重さん(新聞社のカメラマン)

 この写真より

 映っているのは自分だと分かった少女がいまも生きておられるそうだ

 シャツが一瞬焼けただれ皮がむげやけどの薬を塗っているところだそうだ

 


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 原爆で一瞬に皮膚が焼けただれた

 皮膚はずるっとむげる 垂れ下がる

 爪のところで皮膚止まり

 垂れ下がる

 熱い 痛い 水を求める

 悲惨を通り越す情景

 



 

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 たった一発のこの原爆が何十万の人を火傷の地獄に落とし込んだ

 なぜだか白人の見学者で満杯であった


 

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 資料館を出ると快晴の風景が見られた

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 このあとチンチン電車で宇品港経由松山に向かった

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 音戸の瀬戸

 子供頃 くれや くれや (○○をください)とよく言った

 呉れは音頭の瀬戸の向こうにある 

 


 

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 北朝鮮とアメリカが対峙している

 資料館を見て頭を冷やして欲しいものだと思う


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